陽性者と家族の日記

現在は11人の性別、年代、セクシュアリティ、住んでいる地域など、さまざまなHIV陽性者が日記をつづっています。HIV陽性者の何でもない日常や、ちょっとした生活のかけらに触れてみてください。
また、旧web NESTのあれこれリンク集「HIV陽性者のサイト」「陽性者のパートナー・家族・友だちのサイト」に掲載させていただいていたサイトはこちらでご覧いただけます。

サイン・オブ・ザ・タイムズ

なぎさのペンギン

☆ネクストステージ☆

今年の1月の誕生日に
“次の10年”を迎え
先日 友だちと
厄除けに行きました

世間的には
“お年寄り”と見られる
ステージに?

いったん話を始めると
17才のころに戻って
お互い あの当時のまんま
なんだけど

体のどこが悪い、痛い…
という愚痴めいた話
家族旅行やお子さんたちの
就職、結婚の話…

やっぱり時間は
確実に流れています

☆新しい街☆

さくら咲く 4月

多数のインバウンド
観光客に加え

英語を教える先生や
留学生たちも
おおぜいやって来ます

日本での役所での
各種手続きや
職場での関係性づくりは
彼らには 相当に
大変なハードル

時間管理や 休みの
取り方に関する考えも
大きく違い

“自由” の尊重と
日本流の”制限”や”規則”の
はざまで揺れる人々への
サポートも
僕の仕事の一部です

何十年か前、僕は とにかく
別の国の人になりたくて

そこに”無限の自由”を感じて

自分なりにがんばって 挫折

それでも 続けてきた先に

今日の自分がいる

あきらめないで
よかったです

「立場の異なるだれかを
助けたい」

という思いは

わが子のいない
個人の経験に基づいて
ますね 僕の場合

☆Sign of the Times☆

世界的なスター、
ハリー・スタイルズが
2017年に発表した曲が
こちら

“時のお告げ” とか
“時代の兆し”くらいの
意味でしょうか

ハリーによると 曲の歌詞は

出産時に合併症で亡くなる
母親の視点から描いた
元気で生まれてくるはずの
(生まれてほしい)
わが子への最後のメッセージ
残された時間はたったの5分

をイメージしているそう

“なぜ いつも行き詰っては
弾丸から逃げ回るばかりなの?
Why are we always stuck
and running from bullets?”

という一節は
現実の世界情勢を そのまま
反映してる気がします

戦争の”加害国”
もう一方の”被害国”

その どちらからも
僕はお客さまを
迎えていて

どちらも
加害者にも 被害者にも
見えない

ネットのニュースで
流されている惨状と
目の前の笑顔が
結びつかない

世の中の複雑さ

自分が見える範囲から
でしか 黒白を断じられない
人間の限界、愚かさ

それでも

自分の”価値観”を信じ
ひとは思いを継いでいく
のかな…

現在公開中のSF映画
「プロジェクト・ヘイル・メアリー」
の中でも 印象的な場面で使われて
いる曲です

映画もぜひ!

君ばかり

なぎさのペンギン

☆1/7305☆

20年近く通っていた
HIV診療の病院が

今年の始め ある事情で
閉院になりました

そうだ

自分はもう20年以上も
“患者”をやってるんだ

よくがんばったよ

でも

もっと もっと もっと
がんばってくれたのが
主治医やスタッフの方々

自分という人間を
20年も生かして(活かして)
くれました

病気のことばかり
なぜか過剰に気になって

こんなに”元気”なのに
病人扱いされる
特別扱いされる
どうしても
納得いかなくて

いろいろ”もがいてた”
若かった あのころの
この場所を思い出します

それでも
1回の診察時間を20分として
20年かけて 1日と数時間?

たった それだけ?
7305日もあったのに

主治医は 僕の生き方に
強く 大きな影響を
与えてくれた 大切なひと

主治医や スタッフの皆さんとは
今後 お目にかかること
多分 ないように思います

この初夏から
治療を新しい場所に移して
続けます

この先の残りが
たとえ長くても
短くても
どうか 私を支えて
ください まし !

☆苦手なこと☆

部屋のかたづけ

料理のあとの皿洗い

スマホの片手うち

SNSの投稿

数を数える

能天気な考え

リラックス

自慢しがちな態度

人からほめられる

人に説教を垂れる

☆好き or 得意になってきたこと☆

パズルを解く

事前に立てた計画の実行

アンガーマネジメント

ボーカルトレーニング
(MIXボイスが楽に出せるように
なりました!)

自分を追い込む(運動時)

気持ちの切り替え

“ありがとう”
と 頭を下げる

自然と笑顔になる

大好きな人たちと
(たとえ短時間でも)
一緒に過ごす時間を作る

つらい思い出や
悲しい過去の記憶を
ふりかえる

☆君ばかり☆

出会い

ひろき

部署移動に引っ越し、せわしない日々が過ぎて、
ブログの更新が滞ていました。
何とか元気に暮らしています。

新しい出会いも、といいたいところですが、
プライベートでは何もなく……

仕事との出会いも、人との出会い、と思えば、
自分も人間関係も絶えず変化していく一連のながれなんでしょうね。

その流れの先に、誰と出会うのか、出会わないのか……いや出会いたい、です(笑)
たまには、流れに身を任せるだけでなく、自分で活動しないといけないですね。

それぞれのジングルベル

なぎさのペンギン

個人的な印象では
穏やかで過ごしやすい
冬の入口

みなさんにとっての
2025年
どんな年でしたか?

☆準備☆

時は “10年”を
ひとくくりにして
測られますが

来年早々、誕生日を
迎える僕には
2025年は 次の10年に
進むための準備の年

お金のこと、健康のこと
日々の生活の中の幸せ

壁にぶち当たることも
よっしゃー!とガッツを
決めたくなるごとも
両方 いっぱいあったけど

どんなときも
僕を支え
先への道標を示して
くれたのは
「ひと」や
「ことば」
との出会い

それに尽きます

☆ちょっとした魔法☆

“物事には良いも悪いもない、
それを決めるのは自分の心だ”
(there is nothing either
good or bad, but thinking
makes it so.)

シェイクスピアの戯曲
「ハムレット」第2幕の
主人公ハムレットの
セリフです

劇中では
彼が自分の身の上を嘆く
切ない場面で語られますが

ネット上では
落ち込んだ自分を
励ますミームとして

”ドンマイドンマイ、
どう受け取るかは
自分自身の心の問題
前へ進もっ!”

といった 逆の解釈を
数多く見かけます

シェイクスピアの意図
とは逆方向で成長してく
なんていい加減な

でも
だからこそ
言葉の魔法は面白く
(ときに怖くもある)

つまり
どっち側からものを
見てるかの問題であって
1つの正解なんてないはず

という理解 こそが
大切なのでは?

僕が知ったのは
推しの女性グループの
元アイドルが ある
ラジオ番組で紹介して
くれたのがきっかけ
(もう十年近く前に
卒業してますけど)

僕自身
パートナーを亡くした
あの時はもちろんのこと
いまだにこの言葉がもつ
“チカラ”に 強く強く
励まされていて

別の元アイドルは

「人は 自分が会うべき
人とは どこかで必ず
会える」

って教えてくれたっけ

(こちらの出典元は 多分
哲学者の故・森信三さん)

これ…
マジ 当たってる

僕には
出会うべきだったのは
ふたり(血縁以外で)

彼らのいろんな考え方が
今日の自分を
作ってくれました

☆草千里☆

僕をアイドル好きの
”道”にひっぱり込んだ
のも もとはと言えば
亡くなったパートナー

いろんな感謝が
言いたくて
久しぶりで 彼の郷里の
九州へ行きました

めっちゃ久しぶり
阿蘇の草千里
だだっぴろい草原で
草を食む牛や馬たち

他国からのツーリストも
予想以上に多かった

浅草でも富士山でも
京都でもない日本を
知ってもらえて
うれしいです

バスの乗り方や支払いに
困っていると 仕事柄
声をかけてしまう自分

滞在先のホテルでは
他の旅行客と話し
遠い海の向こうの国々
へ 空想を広げました

☆Let it snow☆

今 ここにいる
自分の居場所と時間に
つなげてくれた
さまざまな出逢い

改めて心からの
感謝を伝えたいです

素敵な年末年始を
お過ごしください!

☆Feliz Navidad☆

☆Jingle Bells☆

国宝

なぎさのペンギン

今年の日本映画で
最もサプライズだったのは、
『国宝』でしょう

歌舞伎を正面から扱った
映画じたい 非常に珍しい
気がしますが

かつて歌舞伎と映画の間には
非常に深いつながりがあった
事実は あまり知られていない
と思います

日本で初の劇映画が作られた
のは1899年(明治32年)

当時の映画俳優は
歌舞伎界の出身者ばかり
女性の配役も すべて男性
(女形)が演じました

「なぜ 男性が女性の役を?」

という疑問(元の歌舞伎から
してそれが伝統です)
への答えは いくつかあって…

女性が”表舞台”に出てくると、
男性が騒ぎ立てる(男性観客が
女性を性的な視線で見る)ので
風紀が乱れる

というのが
表立った理由だったよう

加えて 古くからの
男尊女卑の慣習が
背景にあったのも
言うまでもないでしょう

舞台の世界では
映画界より早く女優が現れ
しかし 世間からは
“男たちに媚びる女”と
軽蔑の対象だったとか

それでも 松井須磨子さんなど
人気者たちが世に出てくると
人々の意識も変わっていきます

日本初の”映画女優”の誕生は、
大正時代の中期

歌舞伎の興行主、松竹から
独立し生まれた”松竹キネマ”
という会社が 1912年(明治45年)
俳優養成所で 男女優の募集を
始めたことがきっかけ
と言われています

明治後期からの 約20年間で
ヨーロッパなどの影響を
受けた日本にも 民主主義の
理念が根づき始め、
女性の地位向上の機運も
高まりました

“大正デモクラシー”
ですね

しかし
現実を変えるのは
いつの世でも
簡単ではなく
“男性優位”の状態が
その後もずっと続きながら
現在に至ります

(芸能の世界だけに限らない
話ですけれど)

吉沢亮さん、横浜流星さんと
いう男性陣の人気もあってか
映画館には若い女性観客も
数多く詰めかけている、と
聞きますが

先の時代に生きた女性たちが
遠いあちら側から いまの
世の中をどう眺めているのか

つい 想像したくなります

来年の米国アカデミー賞では
国際長編映画部門日本代表に
選出された『国宝』

訪日客の期待も非常に高いです

歌舞伎独特の華やかな外見
だけでなく

百年以上をかけ
変わっていった
変わらなかった

性別を問わず
大勢の人々の
日々のあゆみの先に

いまの 僕らの
“日本人らしさ”
がある

広い視野から
歴史を 文化を伝えないと

それだって
重要な”国宝”なんだから

という思いは ありますね

夜の世界から昼職のOLに

ひろき

ホスピタリティ系の部署から、オフィス勤めに異動して、
一か月以上が経ちました。
毎日、毎週がすごい勢いで過ぎ去っていきます。
日々、新しいことを勉強、そしてできなかったことを反省する毎日です。

こういう時、人生に何回かあるし、今までも乗り切ってきたから大丈夫、と
自分に言い聞かせてます。
歳を重ねていくことのよいことは、以前の体験から、
無責任に楽観的になれることかもしれません。
でも、いつになったら、慣れるんだろう、と思いながら、
前に進んでる、のかな?なんて思ったりします。
きっと、今は貴重な時期だと自分に言い聞かせています。

部署異動

ひろき

異業種、他業界への転職をしてから早くも1年間が経ち、同じ社内で他部署に異動になりました。

振り返ってみれば、これまでのキャリアと異なる業務内容に最初は戸惑いもあったのですが、
目に見える数字で傷跡を残せました。

歳を重ねてよかったなと思えるのは、
こういったことの積み重ねで、
少しずつ、どうにかなるさ、と思えるようになることではないでしょうか。

日本を出て海外で生活することの楽しさもたくさんありますが、住み続けるには色々あったりして。きっと日本にいても、色々あるだろうから、
苦労とか困難って言葉は使いたくないのですが、
色々あります(笑)

色々あった後に、その先でしか経験できなくなるような、また色々楽しいことや出会いがあります。

今度は、どんな色々があるのかな。

9月が終われば

なぎさのペンギン

☆20☆

HIVを
“自分の問題”として
とらえるようになって
今年で20年になります

あっという間でした

とりあえず
ここまでは来ました

学んだこと
ほんとにたくさんあります

たとえば…

思っていたより〇〇だな、
っていう気持ちと
いや そうでもない と
否定する部分 と

ほとんどのものごとに
たいていの場合は
この両方が備わっていて
ただし 配合比率が
それぞれ違う

どう見きわめるか
めっちゃ大事

とか

「自分を大切にする」ことの
本当の意味は 時間をかけ
ゆっくり 自分の中になじんでく
だから感情には”流されまい”

時には 外を見て
風にも当たらなきゃ
そこから先へは進めない

など…

もちろん

自己管理は”肝”

時間が経つごとに 生きなきゃ、
という思いが高まり 自分を
鍛えるのが楽しくなりました

でも
まだ終わりじゃない
(と思いたい)

僕にとっての
“このあとの20年”

どこまで続く?

たまに考えます

時間の大切さをかみしめつつ

昼も夜も
たまには “自分のペース”ででも
駆け抜けられたら

まあ いいでしょう

☆LOST☆

毎年 この時期に

「Wake me up when September ends」

という曲を聴いています

ちょうど20年前
アメリカのロックバンド
Green Day(グリーン・デイ)が
発表した 世界的ヒット曲です

“9月が終わったら起こしてね”

という題名は

“10月になるまで眠らせて”

を意味しているのかな

ヴォーカルの ビリー・ジョー・
アームストロングは 10才の秋
9月に 父親をガンで失いました

失意の経験をもとに
20年後 当時の気持ちをつづった
歌を作りました

自分と同様に残された母親を
なんとか励まさなくちゃ と
けなげに耐えつつも

“ちょっとだけ 泣き暮らしてもいい?
少し休んだら 立ち直れるからさ”

ビリーは そう考えたのか

すごく残念だけど
“サヨナラに強くなる”のって
とっても大事なことだと思う

それでも
大切な人が世を去った
その”月”の記憶は
永遠に忘れられません

あのときの空気感
眺めた景色
すべてが そのまま残る

毎年4月に父の命日
母が10月
そして突然 世を去った
亡きパートナーの11月

僕には3回

あとひと月ちょっと
彼が愛した九州へ
6年ぶりに行ってきます

揺れ続ける世界で

たくさんの人たちが
少しでも 笑顔を浮かべて
暮らせますように

疾走

なぎさのペンギン

暑かったのは 確かです

ただ 僕はもともと
暑さに強い、というか
夏向きにできてる人間
草津のような熱めの風呂
も大好き

現在の住みかは
最高気温で有名な北関東
今年も40℃台を何度か経験し
感覚がマヒしちゃったかな?

炎天下に 自転車で往復50KMの
ツーリングに5回挑みました
アスファルトの上は灼熱でも
水を貯えた田んぼの脇道が
こんなに涼しいなんて!
吹き抜ける風が噴き出る汗を
瞬時に乾かして 爽快でした!

相方くんと行ったお祭りや花火
仕事で高評価をもらえたこと

特に問題なく
毎日 楽しく走り回れて

これ以上の高望みは バチ当たり
かな?

☆さよなら夏の扉☆

どんなことにも
終わりは必ずあるんだな

(たぶん)今年最後の猛暑日

昼過ぎまで照っていたのに
いきなり 雲が湧いてきて
写真のような 不可思議な
空に変わりました

あ、はるか上空で いま
シベリアからの空気が
吹き込んでいるんだ

夏の扉 これで閉まるな
バイバイ 来年また会おっ

いきなり
ナイアガラが落ちてきた

しぶきを上げる突然の大雨
20分で気温が10℃も下がり
瞬時に 新しい世界に

秋ですね

☆雨燦々☆

河合優実ちゃん、3yrs ago!

人を動かす

ひろき

仕事は順調になれてきたのですが、
最近あらためて、人に仕事を依頼したり、指示することがどんなに難しいことなのか、
とあらためて感じています。

国も違えば世代も異なるスタッフをまとめるのも、一苦労です。
結果、良い経験になればよいのですが。

そこで最近思い出したので、学生の頃に新聞広告でみた
『人を動かす』(“How to Win Friends and Influence People”)
というタイトルの本。

読んでもないのに、中身を読んだかのような気にさせてくれるタイトルなのですが、
どうやらマネジメントの古典といわれているらしいです。

藁にもすがる気持ちで、久しぶりに読書をしてみようかなと思うこの頃です。